JR福知山線脱線事故から安全技術の有り方を見直そう
昨今の技術は複雑難解になり過ぎている。このため市民は疎外感を覚え、技術が技術を独占するものの利益のためのみ開発されているのではないかという不信感が深まり、市民にとっても技術にとっても容易ならざる事態の発生が懸念される。簡明な技術を推進することの重要性を互いに啓発しあうことを設立趣旨の1つとして、我々は1996年に簡明技術推進機構(Promotion
Of Rational Technology略称:PORT)を発足させた。本機構ではすでに簡明な技術を開発研究している人あるいは集団(企業)があるならば、その活動を積極的に支援するため、1998年からPORT賞を授与してきた。さらに、2004年から我々サイドからも複雑難解になり過ぎて社会に多大な被害をもたらしている事例をタイムリーに取り上げ、積極的に社会へ提言している。第一回では「回転ドア事故」を取り上げた。今回は死者107名、重軽傷549名とJR事故では戦後4番目の大事故、100名以上の死亡事故では42年ぶりの悲惨な大事故となった「JR福知山線脱線事故」を取り上げた。今回の事故でも多くの問題が提起された。技術は「市民のための、市民による、市民のもの」であることを確立するために取り組んでいる簡明技術推進機構では、今回の悲惨な犠牲を無にしないため、電車脱線事故を教訓とした安全技術の有り方に対する見直しを社会に提言する。
脱線事故として技術的な解決のみで捉えることは不十分であり、事故を誘発する背景まで踏み込む必要がある。今回の事故は現代社会における高度に発達した交通手段に対する根本的な安全問題を現代人に投げかけた事故であった。なによりも安全を最優先すべき事業者がそのことをないがしろにして、「効率」と「利潤追求」を優先した結果である。利用者も「技術」の名の元に快適で速い便利な運行サービスを求め、ダイヤルの乱れを受け入れる余裕が無い。結果として、日常の生活において電車や新幹線、地下鉄、飛行機などの交通手段が世界に例を見ない分刻みの厳しい過密スケジュールで走行されており、事故の起きる確率が高くなっていた。さらに、乗客の生命に直接責任を持つ運転者は事業者から過酷な労働とストレスを強いられていた。これら現代の歪んだ社会の風潮によって生じた多様な負担やひずみが重なり、今回の悲惨な大事故を誘発したと見るべきであろう。今回の事故も、我々が日常疑いなく使用している技術の有り方を見直す機会になった。
第一に、多数の生命を運んでいる交通手段の安全技術に対する信頼性は果たして「市民のための、市民による、市民のもの」で向上されてきたのであろうか。このことを検証し、勇気を持って是正させていく市民優先の社会を構築することが重要であろう。簡明技術推進機構が求めるものつくりの基盤は市民への思いやりや優しさを提供することである。運転手も人間であり、ヒューマンエラーは不可避である。人間のミスをバックアップするATS(自動列車停止装置)の信頼性が優れていたならば、今回の事故は起こらなかったであろう。二重事故は回避されたものの、関係者は交通安全と事故のバックアップに対する技術の信頼性をより一層向上させることが、今回の悲惨な犠牲に応えることではないだろうか。
第二に、安全に対する価値として多数の乗客の生命を預かっている交通手段の運転者には特別の対応策が必要であろう。ミスに対する懲罰的いじめ教育では事故防止に役立たず、むしろ虚偽報告や暴走などの焦り運転を誘発させるリスクがある。優遇することで優れた資質の運転手を確保し、しかも指導と訓練を充実して運転スキルを向上維持させるべきであろう。さらに、過酷な勤務とストレスを排除し、緊急時にも冷静沈着な状態で運転できる優れた運転環境を提供する必要があるのではないだろうか。
第三に、脱線事故は事業者側の論理による効率や収益の重視で展開していたことに根本的な原因がある。収益の大きさで事業者の資質が評価される企業体質がはびこったままでは、これからも悲惨な事故が繰り返されるであろう。コスト削減による収益の拡大と安全の重視は決して両立しない。市民にとっては、最も優先されるべき人間の命や傷害が置き去りにされないことが重要である。市民の命を預かる事業者には、安全に対する責任が強く望まれる。事業者に対する評価基準として、収益ばかりでなく、安全施策に対する評価も取り入れるべきであろう。
第四に、今回の事故を始めとする最近の一連の企業不祥事は経営陣にIntegrity(高潔、真摯)という観念が欠落していたために起こった様に思われる。残念ながら、個人も同様な観念に蝕まれているようである。日本の社会は、さらなる富と快適な生活を夢見て、ひたすら経済性と利便性および効率性を重視する風潮に向かっている。その先には、自然資源の乱費と環境への負荷の増大ばかりでなく、人類の生存基盤である地球生命圏に危害をもたらす。それでも放置しておくと、人類滅亡のシナリオが待っている。企業にも個人にも倫理観と次世代に対する責任感が欠如している状況を、どのように改善することが可能であろうか。このことは人類の大きな課題であると、認識せざるをえない状況にある。大きな課題であるものの、我々とともに解決に向かって少しでも取り組もうではありませんか。
2005年9月13日 簡明技術推進機構 代表 柳田博明
P.S. 本機構は技術に関する諸課題に取り組む有志の集まりです。
検討して欲しい話題・項目に対するご提案を歓迎します。
昨今の技術は、複雑難解になりすぎている。このため市民は疎外感を覚え、技術が技術を独占するものの利益のためのみ開発されているのではないかという不信感が深まり、市民にとっても技術にとっても容易ならざる事態の発生が懸念される。簡明な技術を推進することの重要性を互いに啓発しあうことを設立趣旨の1つとして我々は1996年に簡明技術推進機構(Promotion
Of Rational Technology略称:PORT)を発足させた。本機構ではすでに簡明な技術を開発研究している人あるいは集団(企業)があるならば、その活動を積極的に支援するために、1998年からPORT賞を授与してきた。さらに、今回からは我々サイドからも複雑難解になりすぎて社会に多大な被害をもたらしている事例をタイムリーに取り上げて積極的に社会へ提言することにした。第一回では「回転ドア事故」を取り上げる。国内で最も近代的な超大型複合施設「六本木ヒルズ」の森タワーで吹田市在住の溝川涼君(6歳)が2004年3月26日、回転ドアに挟まれて死亡した事故は多くの問題を提起した。技術は「市民のための、市民による、市民のもの」であることを確立するために取り組んでいる簡明技術推進機構では、今回のいたいけな涼君の犠牲を無にしないため、回転ドア事故を教訓とした技術の有り方の見直しを社会に提言する。
第一に、単なる死亡事故として技術的な解決のみで捉えるのは不十分である。今回の事故はもっと根本的な問題を現代人に投げつけた事故ではなかったろうか。現在建物の全体を密閉して温度を制御する生活様式が進んでおり、それを維持するための有効な機器として回転ドアの採用が増加している。果たして、このような生活様式が日本の風土と文化および地球の環境や資源保持にマッチしているのであろうか。我々の先人は日本の風土と文化にマッチし、弱者ばかりでなく、生物と自然および地球への思いやりと優しさを兼ね備えた生活様式を創意工夫して歩んできた世界に冠たる誇り高き民族であった。しかし、現代人は先人の知恵を捨て去って「技術」の名の元に快適で便利な暮らしを求めている。さらに、メーカーや事業側では効率と利益を優先し、結果として、複雑で高価、利便性重視のハイテク機器が社会に氾濫している。その1つが大型自動回転ドアである。これら現代の歪んだ風潮によって生じた多様なしわよせやひずみは高齢者や子供、身体障害者などの弱者に真っ先に押し寄せて多大の犠牲を強いている。今回の事故は、我々が日常疑いなく使用している技術の有り方を見直す絶好の機
会ではないだろうか。
第二に、世界規模でバリアフリーの各種技術が進んでおり、その1つが回転ドアである。それらの技術は果たして「弱者のための、弱者による、弱者のもの」で開発されてきたのであろうか。このことを検証し、勇気を持って是正させていく弱者優先の社会を構築することが重要であろう。簡明技術推進機構が求めるものつくりの基盤は弱者への思いやりや優しさを提供することである。この機会に身近な製品を見直す必要があるのではなかろうか。さらに、健常者が弱者を支える優しさの人間教育も充実すべきときである。
第三に、回転ドアによるほとんどの事故は管理者側の論理による機能性やデザイン性の重視で展開していることに根本的な原因がある。このままではこれからも悲惨な事故が繰り返されるであろう。製作に携わる者(技術者)やメーカーは複雑で高価なハイテク機器ほど優れているという技術バブルの風潮を捨て去り、回転ドアを含む多様な機器の潜在的に抱える問題を考えるチャンスにすべきである。最も優先されるべき人間の命や傷害が置き去りにされないよう、関係者は安全で簡明な技術による回転ドアを含む機器の開発により一層取り組むことが今回のいたいけな涼君の犠牲に応えることではないだろうか。
第四に、事故対策を行なっていても同じような事故が各地で続出していたことは採用された技術に限界があったことを実証している。今回の事故を教訓にして回転ドアの取り外しを決めた事業主が多い。しかし、多くの事業主はその企画者としての理念を変えない限り、回転ドアを変えても再び同じ様な問題に遭遇することが危惧される。高齢者や子供などが入り混じって大勢で出入りする所では基本的に回転ドアは不適当と思われる。不特定多数が出入りする商業ビルへ回転ドアを設置する場合は別の安全ドアを併設し、その誘導も含めて警備員などが配置されるべきである。その仕事は安全ばかりでなく、客へのサービスも含め、あくまで客本位のスタンスで行うことが事業経営にもプラスになるであろう。技術工夫では、省エネに配慮したアドバンス型の設計、衝撃を和らげる柔らかい材料、システムの重量に応じて動作速度を自動的に制限する技術開発などがあろう。
第五に、今回の事故を始めとする最近の一連の企業不祥事は経営陣にIntegrity(高潔、真摯)という観念が欠落していたために起こった様に思われる。残念ながら、日本の社会は、さらなる富と快適な生活を夢見て、ひたすら経済性と利便性および効率性を重視する風潮に向かっている。その先には、自然資源の乱費と環境への付加の増大ばかりでなく、人類の生存基盤である地球生命圏に危害をもたらし、それでも放置しておくと人類滅亡のシナリオが待っている。企業にも個人にも倫理観と次世代に対する責任感が欠如している状況をどのように改善することが可能であろうか。このことは人類の大きな課題であると認識せざるをえない状況にある。
2004年6月18日 簡明技術推進機構 代表 柳田博明
P.S. 本機構は技術に関する諸課題に取り組む有志の集まりです。
検討して欲しい話題・項目に対するご提案を歓迎します。